田舎が嫌になった人へ。私が親と田舎から逃げた話。

inaka kansei laliberte 個性を大事に

昨今は都会の人たちが田舎に憧れる風潮となっている。

土地も家も活用できて、農業に関心が高まる傾向もありいいことだと思う。反面、知らないが故に後悔するリスクも多いと感じている。

一つの参考事例としてお役に立てれば幸いだ。

特に人間関係は、人によるが想像しているより厄介だろうと思う。

自分の気質と、田舎の気質のマッチング

を見極めて、行動に移していく方が幸せな移住に繋がると思う。

田舎は不便である

最寄りの駅まで車で20分。バスは1日に4本。コンビニもなく、小さな本屋と喫茶店、寿司屋が唯一の娯楽のような場所だった。1974年〜1993年まで私はそんな場所で育った。

何もない環境というのはその分、余計な誘惑もない。

私が読書好きになったのはこの環境のおかげだが、実際、心の拠り所は本だった。

絵を描くことも大好きだった。物心ついた時からお絵描きの題材はお姫様。押入れの中、アルバムの中綴じ、いたるところにドレスを着たお姫様がいた。

理想や憧れが人一倍強い、そんな子供だった。

行き場のない矛先が向かった先

家にも学校にも居場所を感じられなかった私は、いつもお腹が痛かった。

自家中毒である。

そんなある日、私は親に買ってもらったリカちゃん人形の頭を、五分刈りにした。

今思い出しても不思議だが、リカちゃんに坊主が似合わないことぐらいいくら何でも解る。

あまり何か買ってくれたことのない親のクリスマスプレゼントだ。

リカちゃんの頭皮はまだらになり、見るに耐えない頭となった。

もしかすると、フェミニンな要素が強かった故あえてハズしたのだろうか…

思えば私はしょっ中紙を切っては何かを作っていた。

やることがないのと、作ることが大好きだったのと、何かをしていなければ心が壊れてしまいそうだったから。

閉ざされた人付き合いと希望

田舎が嫌いな私が伝えたい、閉鎖的な人間関係から逃げた話。 雨

田舎の人は皆気さくでおっとりしていて朗らかと言うが、私の母は、この場所で退屈を持て余し、田舎なイメージとは無縁の人だった。毎日フルメイク、アクササリーを付けてマニキュアも塗っていた。

そしていつも夜何処かへ飲みに行ってしまい、さらに悪いことに、父と母はケンカばかり。

毎日不安で仕方なかった。が、周囲の人は私にこう言った。

「明るくていいじゃない」

「お母さんとよくお酒飲んで楽しいのよ」

誰も子供に関心を持たない。

まるで遠い国の、他人事のように。

日が変わるまで外でお酒を飲んでいても、周囲の大人は何も言わない。

それがおそろしかったし謎だった。

私の兄は口数が少なく真面目な人間なのだけど、何も言えずに、隠れて泣いていた。

何でこんなに辛い環境に生まれてるんだろうと驚いたし、幾度も自問した。

早く田舎を出たい。それが希望だった。

田舎を出てから私は幾度か引越しをし、今の地に自分のマンションを購入した。

今は本当に幸せだ。子どもともいい距離感を築けている。

自分が手にした幸せを、親がどう思っているのか、私は知りたくない。

自分達のように学びもせず、仕事も真剣にせず、諦めて生きていけと言う親に、私は自分で手に入れた幸せを見せつけたかった。

私はあなた達とは違う人間だと。

親に子供を自在に操る権利などない。

悲しいことなのかもしれないけれど、私が体験した事は事実であって、それを他の誰かに伝える事で昇華出来ると思っている。

私がどう生きてきたかの結果が、この今の環境だ。

田舎の人間関係は、一度構築されてしまうと中で何が起ころうと、歪んで許容されてしまう。

それは自然に反していることだと思う。

生きとし生けるもので変化しないものなどない。

空気も水も、木も川も全ては常に変化しながら、生気を保っている。

田舎には変化を好まない人達が長らく住んでいる。そもそも、変わりたくないから田舎に居る。

変化したくない=それは生きていると言えるのだろうか?

モラルや常識に反していても、それを客観視しようとする人間が居ない。

地域内の人間まで身内のように考え、監視し監視される生活。

「車が止まっている」「休みはいつ」「年収」「性格」あらゆることを把握したがる。それにたいし何か裁きを下せる権利があるかのような言動をする。

私はそんな大人たちにウンザリしてきた。

同じ話を日に何度もするし、何年経っても同じ話をしている。

悪化する環境にはただ見てるだけ。

これが私の知る、田舎の本質。

あくまで、私が知っている田舎の。

ある雨の夜、私は家を出た

中学生の時、私はある少女漫画に出会った。

ホットロード。

30〜40代の女性は読んだことがあるかもしれない。和希と春山に憧れたねえ〜。

そして中二病の私は家に居るのが嫌になって家出したことがある。

雨の中を…トレンディドラマのようだと(例:男女七人夏物語)自分が可笑しくなったのを覚えている。

家から飛び出たはいいが、何処へ行こうというのかね?と嘲笑うムスカが居ると思うぐらい行き場がなかった。

田舎も程が過ぎると、グレることすら出来ない。

雨に打たれるだけ打たれ、小一時間で私の家出は終わった。

親は特に何も言わなかった。

ちょっと出掛けたぐらいに思われていたかもしれないが、表現せずに居られなかった。

私には私の気持ちがあることを。

違和感の中に、自分の本質がある

私は意を決し、18の時に本心を打ち明けたことがある。

親に本心を言うのは、勇気が要ることだ。

「あの時、いつも本当に辛かった。気持ちを全く解って貰えなくて」

4枚ほどの便箋に書き、目につくところへ置いたのだ。

ある日。

父は私にこう言った。

「オレは手紙が嫌いなんだよ」

私のしたことはムダだったと思った。

言って伝わる余地のある人間と、ない人間がいる。

全ては学びになる。

が、この時私は父の言葉に傷付いた。

親という存在が、私にとって、どんなものなのか未だに解らない。

世の中は白とグレーと黒が入り混じり成り立ってる。

実家を離れて早、28年が経とうとしている。

18年で吸収された、自分じゃない価値観を追い出しやるのに同じく18年かかった。

しかし、どんな環境に居ても、諦めないで居ること。

自分の置かれた環境に、どう思い行動するかで如何様にも生きることが出来るから。

人生は自分で下す決断の連続だ。

何処で生きようが、自分に正直で居られるならば、それが一番自由で幸せなことではないだろうか。

私は言いたいことを言えずに我慢した時期があまりにも長く、大変と思うことが多かった。

それは天が私に与えたワークのようなものだと今は思っている。

試行錯誤したからこそ、自分の言葉で誰かに伝えることが出来る。

やりたいことを既にしている人、自分のことを理解しようとしてくれる人に、何でもいいからコミットしよう。

違和感の中に、本当のあなたが眠っている。