田舎で培われた個性と感性

私は自然が大好きだ。しかし思い返しても田舎特有の人付き合いは向いていなかったようだ。

人口5000人に満たない小さな町で私は生まれ18歳まで暮らした。小学生の頃の楽しみはアニメやドラマのテレビと毎月発売されるりぼんやなかよし、あとファミコン。カクカク動くキャラの。ドラクエとマリオ楽しかったなあ。

思い返せばなんと贅沢。田舎暮しの愉しみ方

山に囲まれ、最寄りの駅まではバスで40分。夏は川で泳ぎ、冬は山道やその辺でおもちゃのスキー板で滑走する。近くにあるのは地域のスーパー。

季節ごとに食卓には、川で釣ってきた鮎や仕掛けておいたウナギ、山で採ってくる山菜やきのこ、仕留めてた鹿やイノシシの鍋がテーブルに並んだ。野菜は畑で採れるので買ってなかったと思う。

秋は父が松茸を取ってきて、それを焼くか茶碗蒸しにするか、土瓶蒸しにする。お正月用に鮎と松茸は冷凍しておく。何となくでも想像してもらえるかな。それらを子供の頃は当たり前のように食べていたけど、思うとすごく豊かな食材だった。

一軒だけある小さな本屋で、毎月発売される少女マンガは私の小さな世界の一部だった。

…恋愛初期のはかない乙女とハンサム少年が繰り広げる恋のすれ違い…

今ならこっぱずかしくって笑いが止まらないだろう笑。しかし周囲に何もない環境というのはその分、余計な誘惑もなかった。私が読書好きになったのはこの環境のおかげかもしれない。

漫画の主人公が着ている服、コートや制服、裾の広がり、着こなしを食い入るように見入った。物心ついた時からお絵描きの題材はお姫様だった。押入れの中、アルバムの中綴じ、いたるところにドレスを着たお姫様がいた。

リカちゃん五分刈り事件

そんなある日のことだった。

私は親に買ってもらったリカちゃん人形の頭を、五分刈りにしてしまった。

今思い出しても不思議なのだが、リカちゃんに坊主が似合わないことぐらい、いくら何でも解る。あまり何か買ってくれたことのない親の…クリスマスプレゼントだった。リカちゃんの頭皮はまだらになり、見るに耐えない頭となった。

もしかすると、フェミニンな要素が強かった故あえてハズしたのだろうか…

思えば、私はしょっ中紙を切っては何かを作っていた。母親から「カミキリ虫」と言われつつ、いつも紙やら布やらを散らかしていた。その私の刃にリカちゃんは架ってしまった。ゴメンよ…

関西系列TV番組 ~ノックは無用~ が 私に伝えてきたこと

思春期に差し掛かる頃、私は反面教師と言う言葉を知った。今に至るまでたびたび現状をたしなめるのに使っている。

私の母はファッションが大好きで楽しいことが好きな人。山に囲まれた場所で、退屈を持て余していていた。毎日イヤリングを付けストッキングを履き、ネイルを塗り、化粧もバッチリ決め、その日着る服は前の日の夜に決める。そして服はクリーニングに出す。

お金があるわけでもないのによく遣ってるな〜と子供心に心配になる程だった。母の自分を着飾るという意識はまるで炎だった。

その母が毎週楽しみに観ていたテレビ番組が「ノックは無用」という関西系列のバラエティ番組。昭和の香りがプンプン笑。

横山ノックと上岡龍太郎が司会で(若い方解らなくてスミマセン)番組の最後に「魅惑の変身」というコーナーがあり、視聴者の1人が選ばれ、全身を当時最新モードで揃える。「帽子は〇〇」「ジャケットは〇〇」「バッグは〇〇〜」とリズミカルにブランドを紹介して全てをその視聴者にプレゼント。

そのコーナーをいつも(何かゴテゴテしてる〜)(何か盛り過ぎ〜)(大人というものはゴテゴテしたがるなあ)と子供視点でツッコミつつも、綺麗に装う大人の女性に何とも言えない憧れを抱いた。近所でゴテゴテしていたのはうちの母ぐらいだったから、素敵な大人の女性像はドラマや芸能人から好きなようにつくっていた。

心の拠り所。ホットロードと幻の15の夜

中学になり、読むマンガも変わって別冊マーガレットになった。マンガの中の女の子は大人びていてお洒落。いくえみ綾の描く女の子は当時の私にはとても大人に映った。

そして…私は遂に出会ってしまった、ホットロードに。紡木たくの「ホットロード」…。我ら女子の青春ヤンキーマンガ。

30〜40代の女性は読んだことがあるかもしれないですね。能年ちゃん主演で映画化されたので若い方も結構知っているかな。ヤンキー漫画というのは語弊があるな…私の中では尾崎豊に近い存在かもしれない。

ホットロードを読み、和希の気持ちに自分を重ね本気で家出しようとしたぐらい私にとって当時かけがえのないマンガだった。親にも読ませようとしてテーブルに4巻積んでたぐらい。

一度家に居るのが嫌になって家出したことがある。雨の中を…トレンディドラマのようだと(例:男女七人夏物語)自分が可笑しくなったのを覚えている。家から飛び出たはいいが、何処へ行こうというのかね?と嘲笑うムスカが居ると思うぐらい行き場がなかった。

田舎も程が過ぎると、グレることが出来ない。

雨に打たれるだけ打たれ、小一時間で私の家出は終わった。親は特に何も言わなかった。

ちょっと出掛けたぐらいに思われていたかもしれないが、それでも私は表現せずに居られなかった。私には私の考えや気持ちがあることを。周りと同じように、意見は持たず、みんなと仲良く…どこの誰なんだそれは。私は私だ。幻想を押し付けようとする大人の勝手な都合なんか私は知らない。

早くこの狭い世界から抜け出して、多くのものを観たいと思った。ここにある価値が世の中のすべてじゃないと。もっと景色が見渡せる場所へ行かなくては…自然とそう思うようになった。

人生は、自分の置かれた環境に対してどう思いどう行動するかで如何様にも生きることが出来る。全て自分の決断の連続だ。