育児の孤独と向き合って

今日は私の子供のアレルギーについて書こうと思います。もしお子さんや身近な方にアトピーやアレルギーの方がいらっしゃったら、一つの経験例として流して頂けたら幸いです。
花粉症が国民病となって久しいですが、国民の約半数が花粉症の諸症状を経験し、スギ花粉はそのうちの20%を占めるそうです。ちなみに私は花粉症ではありません。
田舎で杉に囲まれて暮らしていたので、体がスギ花粉を異物と思っていないのでしょう。ただハウスダストや劣化した油分などに強いアレルギーがありちょっと押入れで探し物をするとくしゃみが止まらない。お腹も弱く、良く噛んで食べないと激しい腹痛に見舞われたりしました。
毎日ドライブで子供を寝かしつける
私は過敏な体質なので、長男を出産する前はアレルギーだったらどうしようと不安でした。無事出産を終えて3ヶ月が過ぎる頃。顔にポツポツと湿疹が出来始めました。
(あ、アトピーかも)と不安になり、近くの小児科で診てもらうと「この時点ではまだアトピーと断言できないので様子をみましょう」としばらく様子を見ることに。
5ヶ月になると湿疹が体にも広がり、痒くて辛そうで見ているのが耐えられなくなり再び小児科へ。「アトピーですね。お薬で症状を抑えてコントロールしていきましょう」と、初めてステロイド入りのチューブの塗り薬を処方されました。
私はステロイドにあまり良いイメージを持っておらず、小児科の先生も対処法でしのぐしかないのが現状なのだと知りました。
お腹にいた頃から、皮膚が浮き出るほど私のハラをボコボコ蹴りまくっていた息子ですが、生まれてきてからは泣き声も動きもエネルギッシュ。痒いと見境なく掻き続けてしまう。かさぶたになったと思ったら痒くてまた掻く。寝ながら無意識に掻く。
寝付く時が一番大変で、夫と私と交代で夜一時間ぐらいドライブして寝かしつけました。(お、寝たな)と思ったら車からそっと抱っこして部屋のベッドに下ろすのですが、この下ろす時が何とも目が覚めやすいらしく、結局2時間ぐらいドライブしたことも。

一番辛いのはもちろん本人なのですが、出かけた先で見知らぬ人から(かわいそうに…)と言われたり、両親が(よその赤ちゃんは綺麗な肌なのにね…)と悲しそうにすることが私には本当に辛かった。子供に対してすまない気持ちがあった分、他の人の何気ない言葉に深く傷付く自分がいましたね。
とにかく、何か出来ることはないかと図書館でアレルギーに関する本は殆ど読みました。抗体が異物ではない物質に過剰反応してしまい、正常な細胞まで傷つけてしまうのがアレルギー。
そして一緒に居る私のメンタルが、息子の症状と非常に関わり合っていることに気が付きました。
2歳になりイヤイヤ期も絶頂を迎える頃。顔に出ていた症状は治ったものの、今度は背中や足に湿疹が出始めました。2歳児にじっとしてろというのは無理な話で、活発に動くので汗で痒くなる。そしてストレスが溜まると痒くなる。
その後長女を出産。もちろんアレルギーの不安はありましたが(何があってもとことん付き合う)と決めていたので、症状が出始めてからは息子の時よりも落ち着いて対処した気がします。
でも、やはり女の子なので湿疹が出ている時は心が痛みました。周りの人の声が特にしんどかったですね、とにかくそっとしといて欲しい、それだけでした。酷かった頃の写真は今一枚も手元にありません。でも幸いなことに一歳になる前に随分症状が治りました。

娘、給食の除去食開始
娘は乳製品や卵に強いアレルギーがあったので、一歳を過ぎる頃から除去食メニューを作り始めました。農薬が残留していそうな野菜にも激しいアレルギーを起こすので、よく煮たり焼いたり洗ったりして不要なものを落とします。この頃から家では野菜中心の食事にシフトしていきました。
ジャガイモと玉ねぎと人参に大豆を入れてクタクタになるまで煮たスープが娘の大好物で、器ごと食べるんじゃないかというぐらいアレルゲン以外のものは何でも食べてましたね。それが私は嬉しくて、本当美味しそうに食べるんです。兄には大食いと呼ばれるように^^;
小学校になると、給食を除去食で作ってもらう必要があったので、毎月除去食メニューを栄養士の先生とやり取りしました。
例えば、鳥のピカタの衣に牛乳が2グラム入っているので除去しますに○をする。七夕ゼリーにゼラチンが入っているけどゼラチンは大丈夫なので○をする。メニューの代変え品を作れるときはそれで提供してもらうなど。
みんながケーキを食べているのにスポンジだけ出されるのは本当に忍びないことです。娘の気持ちを考えるといたたまれないですが、私はいつか何でも食べれる!と信じて止まなかったので、娘にも「変なものを気付かずに食べて体に溜めるより、要らないものはすぐ出して長生き出来る体なんだから。そのうち食べれるようになるから間違いない!」と言ってきました。
そして現在… meg散歩 〜ドルチェと娘、東京ホテル廻り〜

大きくなるにつれて2人とも症状は治ってきました。息子は筋肉質でサッカーに打って付けの体になり、小学6年の間ずっとサッカーを続け、夫がサッカーのコーチをしていたのもあり息子にとって貴重な経験になったと思います。娘も乳製品を摂ってはいないけど身長も伸びて、食べること大好きな小学生になりました。

日本は母親の育児負担が大き過ぎ
もしお子さんや身近な人がアレルギーやアトピー、もしくは他の病で辛い最中にあるなら、あなた自身がご自分を労ってあげることを忘れないでください。身近であればある程、本人と同じように、時にはそれ以上に周りの人も傷付く時もあります。
本人も、大切な人が疲れ切ってしまわないよう気にかけてくれているはず。私は実家も頼れなかったので、本当にしんどかったです。何がしんどいって(やって当たり前)と周りが当たり前に思っていること。
この辺りから本当にフランスや北欧が羨ましいと思い始めました。
けれども私は子供のアレルギーを通して、他人は結構勝手なものだということを学べて良かった。
あの頃(かわいそう)と言った人が今子供を見たってそうは思わないでしょう。いきなり何処かのおじさんに「ちゃんと子育てしてやれよ」と言われたこともあります。(あの、してるんですけど…?)多分まだ若かったから、色々言われやすかったんでしょうか。
当たり前のことですが、今の大人がリタイアした時、社会を支えて行かなくてはならないのは子供達。そして子供達を育て日々送り迎えやご飯の用意をするのは母親や父親です。特に日本は母親への負担がかかり過ぎ。
例えばフランス人女性は出産してもすぐフルタイムで復職し、ベビーはシッターさんに見てもらって旦那さんと2人ディナーもする。途中で退職せずともキャリアが積める。
そういう社会の仕組みがあって、子供は皆が育てるものという意識がある。子供にかかる学費も国が負担する。だから出産に対する不安が少ない。
日本の出生率は現在1.4人、フランスは1.9人(2017年調べ)。このように出生率の違いは歴然。
女性は子供を産んだら母になるけど日本は母の部分だけを社会全体で押し付けている。未だに男は働いて女は家庭という縄文文化レベルの価値観が見えない形で社会に蔓延っているから。
だからこそ日本の女性は賢くなる必要がある。もっとお金やITや社会の仕組みを学んで、いつでも経済的自立が出来るようにしておくのです。(これは離婚云々の話以前に、人生設計の基盤は自分で作っておくと言うことです)
自立出来るけどしないのと自立出来ないからしないのでは、どれだけ精神的肉体的自由度が変わると思いますか?
まずグチが減ります。
グチのこぼし合いをする前に、お金と仕事、人生や社会のことをもっと学びましょう。
それから嫌われる勇気を持ちましょう。
あなたがやりたいことをやるとあなたの自由を奪いたい人からは嫌われることでしょう。パートナーの理解を得て共に経済力を付け、家事育児も分担してどんどん新しい価値観を社会に広げていきましょうね。
自分のために学ぼう。そして言葉の壁を取っ払おう
ここで女性に朗報なのですが、日本人女性は外国人にモテます。笑
特にフランス人男性と日本人女性のカップルはゴロゴロいますよね。語学を身に付け外国人とコミュケーションすると一気に世界が広がります。
私はかれこれ2年程メールをしているフランス人がいます。男性で歳はおそらく50過ぎ。大学で考古学を教えている教授でルネッサンスとイタリア料理が大好き。娘さんが30歳ぐらいでアメリカで人工知能の研究をしているとのこと。何かすごいでしょ…
純粋に語学と文化交流で始めたので、絵画のことや映画のこと社会情勢のこと、時々子供の悩みも話題になります。これまで返信を急かされることもなく、マイペースに続けていますが、時間が経つと友情のようなものを感じるんですね。このようなことが出来るのも今の時代ならでは。
別に外国人と付き合おうと言ってるのではなく、自分にはこれしか出来ない、と決めてしまっているものがあるならその壁を取っ払って欲しい。今居る場所で立ちすくんでしまっているなら、少しだけ勇気を出して自分の為に一歩踏み出して欲しい。そして新しい景色を眺めて欲しいと思います。
子供のアレルギーからフランス人のメル友まで思わず話が膨らんでしまいましたね。笑
あの頃頼れる人があまりおらず私は大変だったので、一人で大変な思いをする人が少なくなって欲しいと切に思います。
世の中は経験しないと解らないことが多いものですが、まずは知ろうとする姿勢が生き方と世界の行方を分けるんじゃないかな。
今起きているコロナが指し示す未来も今は誰にも解りませんが、より良い未来を信じて、皆が希望を抱き続ければきっと何かが大きく変わると私は思っています。
最後まで読んでくださってありがとうございました^^